読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

人間は何か強制力があった方が堕落せずに済むが強制力とは。

雑記

僕は自分でもよく自覚している通りかなりルーズな人間で、昔から女の子とかにも「○○くんってすごい面倒くさがり屋だよね」と言われてきた。

 

だがこの面倒くさがりは、効率的に何かを成し遂げたいと思ったときに性格が加担し有利に運ぶ場合がある。

 

僕が2007年からSEをやっていたとき確かにこれは天職だと思った。SEってみんななにか高度なことをしているようなイメージがあるかもしれないが、これは実に簡単、特に20代までのSIer系SEはただパソコンがいじれればなんとかなる世界である。

 

僕は仕事の作業が同僚に比べはやかった。創造性とは関係なしにどうやったら作業を効率化できるかというのは得意だった。

 

残業というのをほとんどしたことがない。

 

でも三年目で統合失調症を発症した。それ以来、なにかの面接を受けるたびに、発症理由を夜勤とかが続いて不規則なため、と言ってきたが、これは正直に言うと嘘である。

 

僕はNTTデータがプロパーの部隊にいたので、そもそもそんなに過酷な労働環境ではない。電通の高橋まつりさんのような働き方とは雲泥の差がある、いわば夜勤がたまにある公務員みたいな仕事をしていた。

 

夜勤から次の出勤までの間にはインターバルがあるし、もちろんブラック企業でもなかった。

 

ではなぜ発症したかというと、僕は今になって冷静に振り返ると、”そんな若いときに仕事以外に余裕を持つ状態のときが多すぎた”からだ。

 

これは一見うそみたいな話だが本当である。僕は仕事以外のことをずっと考えている社員だった。

 

たとえば映画。これはたくさん観たかった。だから今、好きなだけ映画がみれる環境にいるのは嬉しい。あと文章を書きたかった。だから仕事が終わったあとにISIS編集学校で学んでいたこともある。

 

それでまあとにかく病気退職した。その後、僕は3年間は休んだ方がいいという巷の意見通り、三年間静養し、そのときはほんとうに修道僧のような暮らしだった。

 

それはなぜかというと再発がとにかく怖かったからだ。再発の恐怖が強制力になっていた。

 

僕は今でもその30代になるまでの三年間のことはよく覚えている。友人などに会うのは半年に一回くらいの時期もあった。でもそのぶんたくさん読書をし映画鑑賞し、あとはプールに泳ぎに行ったりもした。いかにも健全で人間的に成長できた時期だった。

 

今、薬をちゃんと飲んでいれば再発しないだろうというめどがある程度ついた。そうなるとタイトルの件に戻るが、僕になにか堕落せずにすむ強制力が働くとしたら金欠なのだが、それを節約で済まそうという発想だと、僕は年金実家暮らしで、実は何の義務がなくなる。つまり稼がなければならないというプレッシャーがない。

そういうとき僕はよく小学生の姪と高校生の甥を思い浮かべる。

 

二人ともまだ幼かったときに僕が療養中、よく一緒に遊んだし、面倒もみたし、とにかくふれあっていた時間が長かった。だから、とことんまで堕落してしまうとなんとなく二人に顔向けできないおじさんになってしまう気がしてそれはやっぱり悲しい。それでもそういうのが強制力になっている僕は幸せな患者だとは思う。