がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

創造の快楽はささいなものでも生きる糧になる。

目の前にみかんがあったとします。

 

このみかんが三個あってみかんがそのときちょうど食べたいときで食べられる場合、三個一気に食べてしまいます。

 

これが一個だとどうなるか。一個しかないなら一個で十分だなと思い、みかんを買い足しに行くことはありません。

 

そこからわかるとおり、僕は計画的に食料を買って、それが二週間分なら二週間分だったとしてあっても、ものすごく空腹なときに一気に食べてしまう確率が高く、これは健康上よくない。

 

太るのが嫌なために都度買いにしているのですが、これを面倒というところまで効率化してしまうと健康を害す気がして、あえて都度買いを選んでいます。

 

ほんとうはスーパーの安売り品だったりを一気に買った方が多分、月にして15000円くらい浮くんじゃないかという気はしているのですが、最寄りコンビニで都度買いをしてしまいます。

 

だからこれはジム代を払っているのと、実際ジムには通っていないけれど、同じなんですね。

 

健康にはどうしても投資しなければならないのは現代人なら心得ていることのように思います。

 

食べ物が無限にあるとそれはそれである種の人間は地獄なのです。もちろんコントロールできる人はいいでしょう。

 

でも体重をコントロールする、というのは人生をコントロールするのと極限すればいっしょですからね。

 

感性みたいなものは、行動で磨かれる場合があるからです。

 

僕みたいに計画的に買う算段できない場合、それでも楽しみがあります。

 

それはとにかく冷蔵庫にある材料でおいしくしかも材料分ぴったりで一人分の料理ができたときです。

 

それに加え、オリジナルの発想やあまりメジャーでない方法でおいしくできたときには心地よささえ覚えます。

 

こないだカレーをつくろうと思ってつくったのですが水入れ過ぎて、ルーが足りなくなったんですね。

 

冷蔵庫をみてみるとクリームシチューのルーが残っていた。

 

「これを混ぜてしまった場合、どうなるのだろう」

 

そういう好奇心がだいたいそういうときは勝って行動にうつしてしまいます。

 

それで「あ、意外とおいしいじゃん」ってなったときはぐぐったりしてクックパッドにカレー+シチューで作るカレーは星の王子様カレーみたいになっておいしいですよ、とか書いてあると、

 

「俺は何もみずにセンスと勘だけでやってのけたぞ」となって達成感があります。

 

そうなんです、創造性は自分の力で発生したときにもっとも脳が快楽を覚えるみたいです。

 

この自分で編み出す快感が、それまでの行動の不活発性や沈黙性にあるとするとやっぱり人生に無駄な時間なんてないんだなというポジティブな生き方になる。

 

編み出すものがどんなにささいなものでも。