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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

歩きスマホをする人間は他人の善意に頼りすぎている。

僕は大体いつもびくびくしながら外出します。今、僕の自転車にはライトがついていません。理由はライトをつけて盗まれたことがこれまで多々あってそれ以来、つけていないのです。夜にやむをえず自転車を使うときは細心の注意をはらいます。

 

といっても大体夜に行くのは自転車で五分の場所にあるコンビニとかそんなんですが、歩くのが面倒くさすぎるときは自転車を夜でもたまに使うときがあります。

 

一応、反射鏡がついているので車からライトを照らされた場合、反射して自転車の存在にきづくようにはなっているのですが危険は車だけではなくたとえば夜道をこどもが歩いていたとかよっぱらいがふらふらしていたときにもし僕が細心の注意をはらわずぶつかってしまった場合は僕は非難されるでしょう。

 

というような感じで自分に非があるとあらかじめわかっているときはそれを覚悟して外に出るのですが、道路に出てみると歩きスマホをしている人にけっこうでくわすことがあります。

 

それは仕事帰りのまだ若そうなサラリーマンだったり、主婦っぽい女の人だったりさまざまですが、

 

いつも思うのは、「こいつら他人の善意に頼りすぎていないか。」

 

というもので、同じような感覚を、めちゃくちゃのろのろ走っている荷物を積んだ主婦とか高齢のおじいちゃんとかおばあちゃんの自転車がどうどうと車道にいる場合も感じます。

 

もちろん歩きスマホはマナー違反で自転車が車道を走るのはむしろそっちのほうが正しいわけですが、でも現実にもし無頼漢がイライラしながら運転してきたらさすがに低速も低速で走っている自転車が目の前に堂々といたら、”なんかする”と思いませんか?そう思わない人はリスク管理というよりも何も考えてないようにも思えるし、強く言うと他人の善意に頼りすぎているのです。

 

歩きスマホの場合は、一歩歩きスマホしながら道路に出た瞬間、たとえば怖い人が自転車をかっとばしてきて、それがわざとに近いくらいの勢いでこられたとして接触して何か被害をうける可能性が倍増するというのを僕は考えてしまいます。

 

意地の悪い人間は相手のそういう弱みにつけこむのが得意だから、当たり屋のように攻撃してくる人間が身近にいないとは限らない。むしろ歩きスマホをしたとたんにそういう人間の標的になってしまう。

 

それでも未だにこんなにも多くの人間が歩きスマホをするのは、基本的に人間は善意があるからです。

 

「あ、あの人、歩きスマホしてる。あぶないからちょっと離れて追い抜こう。」

 

そう思ってくれるものなのです。

 

でもそういう人間ばかりじゃない。もしインテリヤクザみたいな人間と何か歩きスマホが原因でもめごとになったらまず状況からして負けると思います。

 

歩きスマホがマナー違反と言いましたが、マナーの問題だけではない。