がんばれないひと。

統合失調症を発症して9年目。1983年生まれ。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。 

書き手がモデルになればいい、という話。

本当に知を愛する人が、何一つ知をもっていない人を見つけたときおそらく称賛するだろうと思うんです。

 

こいつ馬鹿だな、と思う人は、本物の知性がある人ではありません。

 

「何にも知らないのか。美しい。」

 

そういう想いでいっぱいになるはずです。

 

でも現実はですね、みんな多少知識があって、多少馬鹿だから美しさが世の中に溢れていないんですね。

 

この現状を打破するには一つだけ方法があるんです。

 

それは本物の知性を持った人間が、何にも知らないというモデルを実演すればいいんです。

 

人間は神様ではないので、知性に限界があります。そこで、いったん自分がそれまで持っていたストックを全部捨て去って、何にも知らないモデルになるのです。

 

これは相当な知性がないとできない行為ですが、そういう人間が増えてきたときに確実に社会に変化が起きます。

 

どういう変化なのかは小利口な人間がごまんといる日本では誰かが分析し評価しはじめるでしょう。

 

でも実はこの逆はないんですね。

 

何にも知らないモデルは、何も知らないからこそ書き手に見いだされるんです。

もし何にも知らないモデルが書き手になれるとしたら、この世の平和は保たれますが、美しさは担保できません。

 

これは差別なのではなく、理想を語りすぎる人間への反感なのであります。というのはこの何にも知らないモデルとはそもそも何を指すのだろうか、というのが一つの知的アプローチの終着点なのですから、差別というよりも信仰に近いものがあります。