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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

『ダークナイト』を観た。

映画


ダークナイト

 

いやー、この映画、昨日はじめてみたんですが、面白すぎましたね。

簡潔に書こうと思うのですが、この映画をただのバトルもののアクション映画だと思っている人は間違いです。また、ジョーカーという異様なキャラクターがみせるあの『時計じかけのオレンジ』にみる”ハイセンスな悪”の表現の違うバージョンというのもちょっと違います。

 

確かにジョーカーの存在は悪の中でもハイセンスです。というのは、ジョーカーはある哲学を持っているのです。それはずばりいうと性悪説の証明です。それのために生きている悪です。

 

で、ここでちょっと述べたいことと関係ないことを挟みますが、ほとんどこの映画は先ほど述べた”ハイセンスな悪”の表現というだけの観点ではアクションシーンがすべて完璧です。かっこいい、という形容すらできてしまいそうです。それもそのはずかもしれません。現実にはどんな悪党でもあそこまで高尚な性悪説の証明という哲学では悪事をなさないからです。

 

だから僕はジョーカーをかっこいいと道徳的に言ってもかまわないんじゃないかとすら思っています。悪だけど現実にはいない孤高の存在。あれは紙一重を描いているんですね。ちょっとした拍子で人を劇的に救う大哲学者になる可能性を秘めている。ジョーカーとバットマンは似ています。それはバットマンも一緒だからです。行動に裏付けられた哲学がかたすぎるので、どんなに二人の思想が極端に離れてみえていても、東にずっと行ったら、あるいは西にずっと行ったら、ある一点で交わるように極端さというのは紙一重で一点に交わっていないだけなんですね。

 

で、僕が述べたいことは一つです。それは死んではやはりならない、というものです。

このネタバレはいいと思うのですが、ドラえもんが死なないように、孫悟空が死んでも生き返るように、バットマンは死にません。

 

で、そここそが、この映画の最大のポイントなんです。もうこれ以上はネタバレに近いことは書きませんが、

 

『ブラックジャック』という漫画がありますよね。あれにバットマンは存在として近い。真理のためには人に嫌われることも厭わないという点と、つまり、何度も繰り返しますが、死なないのです(笑)。

 

生きていると、どんな人間も、いろんな物事に直面します。で、失敗し反省します。でもやっぱり死ぬ歳ではなく死なないことで、ひとにみせられる成功があるんです。それは僕は生きている限り、どんな人間にもあると思っています。ストーリーの中でもっと複雑な解説ができる箇所がいくつもこの映画にはありますが、僕の感想はただ一つ、バットマンが最後、どんなにかっこいいこと言おうと、あれは内心、しめしめと思っているように思えるといううがった見方を僕はしてしまうということです。多数の人間が死んでいく中、生き抜いているからです。

 

映画では描かれませんが、僕はこの映画をつくった人は死刑廃止論者なんじゃないかと思うくらい、生きることに対する情熱が感じられる。