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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

茂木健一郎は天才ではなく秀才の見本。

 

「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる方法 (講談社文庫)

「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる方法 (講談社文庫)

 

 これ、読みました。言葉の選択、説明の仕方が論文調です。

 

僕は茂木健一郎という人は、秀才の見本なんじゃないかと思うんですね。

 

結構がんばってますよ、この本には完璧すぎる人間に惹かれるところがないというようなことを言っていますが、茂木健一郎自身は秀才としては完璧だと思います。

 

ただ天才にはなれないんじゃないか。これは三島由紀夫の発言ですが、まず天才が現れるときは、それまでの人格者たる権威という権威が、その出現を嫌悪します。そしてその後受け入れられるというパターンがあるそうです。

 

それはそうだろうと思います。天才というのは新しいことをやる人ですから、はじめはみんななんだこれは全然だめじゃないかもしくは意味がわからん、となるのは仕方がないのだろうと思います。そういう観点からみると、茂木健一郎自身は人に惹かれる要素を持っている。その証拠を示す最たる発言は、「文学というのは基本的に不幸になる方法が書いてある」というものです。

 

僕はたまに今現在、中村文則が売れている理由について考えるのですが、中村文則

相対的に美や幸福が浮かび上がるという手法の文学作法を徹底しています。

 

文字を追えば追うほど天候が曇ってくるようなそんな文章を紡いでいるのですが、

読み終わったあとにポッとなにか「まだ生きたい」と思わせる。そのために陰鬱とした描写をする。もっとも僕自身は最近の中村文則のミステリー要素が嫌いなんですが、そういう観点からの幸福へのアプローチが、この茂木健一郎の本にはありませんでした。

 

そこに無頓着だとちょっと天才ではなく秀才路線ですね。でも別に、天才なんて狂人と紙一重なわけだし、僕がただそうちらっと思っただけで、本書は一般的な教養書として読みやすいものではある。