がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

35歳以下の若年層は買い物に失敗しろ。

節約して節約して、節約した分、お金を使うという発想でも、ちびちび好きなものを好きなときに買うというスタイルでも、結局は同じなんですよね。どっちの方法でも快はあるし、苦もある。

 

人間ひとり生きるだけでもお金はかかる。貧者ができることはマネーリテラシーを高めることだと思っていますが、こればっかりは実際に買ってから気づくこともあるので、35歳以下の若年層は買い物の失敗はしてもいいと思っている。むしろ失敗するべきだ。

 

振り込め詐欺にひっかかる人は、おしなべて全員、油断していたからというのも一理ある考えです。年金とか投資の利回りで生活している人間はマネーリテラシーに隙ができる。

 

犯罪者はそこをついてくる。三島由紀夫は「安心している人間がわたしは嫌いです」と言っていたが、三島からすれば振り込め詐欺にひっかかって泣いている人間は、安心してしまったそのつけがまわってきているという見方になる。

 

毎日、お金に追われるのは辛いことだが、少なくとも安心はしていない。三島の警告のうちの一つは、そんなところにも表れていて、うまく思想を借りると励みにはなる。

 

他人の不幸をあざ笑う嗜好は毛頭ないが、自分のみじめな状況をみじめなままの”主観”で終わらせるのではなく、客観的に相対的に自分の辛さをはかることができる。そして前向きな人間は、あの人よりかはマシだからと、常に行動しつづけていられる。

 

三島は死ぬ直前まで筋肉を鍛え上げた。元来軟弱だった三島には労苦が伴っただろう。

そんなことしなくても、じゅうぶんに楽しく生きられたはずなのにそういう方向には生きられなかった。耐えられなかった。

おそらく三島は、ひとしれず泣いたことがたくさんたくさんあったのだろうと推測される。そのときに抱いた負けないぞという気持ちを、あんな流麗な文学にのせて、そこで終わらなかった。常に行動があった。そういう情景を思い浮かべると、胸にぐっと残るものがある。