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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

イケダハヤトの功績。

僕はこの人、確かに頭がめちゃくちゃ切れるなとは思わないんですね。

堀江貴文は普通の人、と形容していました。

 

でも偉大な功績があります。

それは著名人ではじめて「会社は転々とした方がだんだん自分にフィットしてくる」

 

という言葉を残したことです。

これは僕は新しいものを感じました。というのはこの言葉のあとに、いつまでもひとつの会社にいて辛い思いをするなら、そっちの方が馬鹿と真正面から旧価値感を切ったからです。

 

昔の人はその点、完全にイケダハヤトに負けたと思ったでしょう。これはどんなに人格者でどんなにすぐれた実績を過去に残した人でも、「一個の会社でがんばりなさい」

 

という旧価値感から脱することができなかった人の汚点です。いわば権威の失敗です。

 

ではどこが失敗なのか。それは現代日本の自殺者数の高さにあります。イケダハヤトのこの発想には”逃げていいむしろ逃げろ”というニュアンスが含まれます。自殺した人のなかで、会社に限らず何かから逃げられなかった人がたくさんいるのは間違いないでしょう。二万人ですよ。年間、二万人が自殺しているんです。

 

そういう人に「一個のところでがんばりなさい」という言論は、彼らを救ったでしょうか。僕にはそうは思えません。では「逃げてもいいよ」は救ったでしょうか。これは押しが足りずに、結局は裁量にまかせているところがあるので、人がいい人はやはり死んでしまいます。

 

イケダハヤトは「逃げない方が馬鹿。むしろ”罪”」くらいな感じで言っています。

ここは評価できる。この言論がもっと強くあれば、自己責任という言葉で片付けられない人たちがもっともっと頭を働かせて自殺の原因となっている場所からとりあえず”逃げた”と思うんですね。

 

それでいいと思うんです。自殺なんかするくらいだったら、なんでもかんでも逃げるべきなのです。そこのところを権威は、そうなった自己責任みたいなふうに考えたり、一度逃げたやつはまた逃げる的な発想でおさえつけるからよくないんですよ。

 

人間は馬鹿じゃありません。浅はかな逃げ方をした人がまた次も浅はかな理由で逃げるとは限りません。何回か逃げていると一回目とは違う自分になっている可能性はある。

これも実存的思考のひとつです。

 

risrpd.hatenadiary.com