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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

「煙草が吸えない時間が怖いです」という質問に対する答えはシンプル。

今日ちょっと車の助手席に乗って片道45分くらいのちょっとした遠出をする用事があって、朝、家を出る前にヘビースモーカーである僕は煙草を持っていくか置いていくかで迷った。一日二箱くらい吸う人間にとっては煙草を持ち歩かない時間はなんとなく太っている人の中で空腹が怖いという実感をもっている人がいるのと同じように、

 

「怖い」という感じがあるのだが(このあたりの煙草呑みにとっての安定剤とも言うべき煙草の役割は亡きサリンジャー著の『フラニーとズーイー』に上手く描かれている)

 

、僕はいつか、だいぶ前だったような気がするがネット上でこの記事のタイトルにあげたQ&Aをみたことがあって、答えは「我慢すればいい」という身もふたもないものだったのを記憶している。

その根拠は、要するに電車とか飛行機とかでは煙草を長いこと我慢できるでしょう?というもので、煙草がないくらいで人間は、他のなんかのドラッグのようにそれがなければ理性が崩壊するみたいなものは、ないという当たり前のことを示している。

むしろ、僕の感覚でいうと、ちょっと一本分くらい煙草がまんしたなあ、くらいのところを過ぎると逆に煙草を想起すると気持ち悪くなる瞬間だってあるくらいだ。

 

それだったら禁煙できるんじゃない?と言われそうだが、そう簡単でもない。何かプレッシャーになったり、心理的や肉体的に労苦を伴う作業がある場合は、吸った方があきらかに気分がいいからだ。

でも車の助手席に座っているくらいで、目的地についてからの用事もさして滅入るものがなにもないような感じであれば、半日くらいなら我慢できる。

 

昔、誰かが煙草とはつまりセックスのあとに男がとるポーズなのだ、と言っていたが、

それと同じくらい、煙草がもしこの世になくて歴史的な数々の遺産の書物が生まれたでしょうか、という述懐は認識として正しい。
僕は禁煙タイムがくるとわかっているときは今日みたいにあらかじめ煙草を携帯しない作戦でなんとかなりそうな気がしている。そう、電車や飛行機に乗ると思えばいいのだ。それくらいの覚悟だったら、毎日でもない限りそんなに負荷にもならないだろう。

 

書き忘れそうだから言うと基本的にそんなストレス対処だけで僕は吸っているわけではない。わかばを吸っているのだが、ご褒美として、たとえば文章を書き終わったあととか運動をしたあととか風呂後とか仕事後とかさまざまなシーンで、おいしいから吸っている。

 

煙草を吸うくらいで満足している僕みたいな人間はドラッグとかそういう怪し気なものと無縁でいられるなら、吸った方がいいんじゃないかとすら思っているが、最近貯蓄体質をつくろうとしているので、煙草代は正直若干気になる。でも煙草を吸わなかった分なにか他のもの(たとえば酒とかね)そういうのにはまるんだったら一緒だしなあ…。