がんばれないひと。

統合失調症を発症して9年目。1983年生まれ。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。 

そして僕は街に用事がなくなった。

あるときから僕はふといったいどこに住めばいいのだろうと考えたことがある。この実家は障がい者年金が主な収入源のいまの僕にとっては家賃や光熱費がういていることで助かっていると思って、まる10年くらい住みついてしまった。

 

自立したいと思っても、いったいなんの仕事ができてどこに住めばいいのだろうという困惑があって結局、ずるずるこの場所でだらだら生活している。

 

ひとつには犬を飼っているというのが、いろいろと制限をかけられてしまう要素の一つだ。独り身ならとっくに憧れの都内に3畳一間の家賃20000円物件とかに飛びついて、都内ライフというものを送っていて人生が変わっていたかもしれない。

 

都内だから給料もよくて、という生活にありつけたかもしれない。

 

だけど、こういうのを達観というのかなんなのかはわからないが、たとえ犬つきでそういった格安物件に引っ越せたとしても、犬の散歩を日に二回やる義務の間に日中は外で何か活動する、というのを次第にやらなくなるのではという見通しもあるのだ。

 

どうせ帰ってきて犬を散歩させなければならないと思うと、最初は楽しい楽しい都内ライフでも収束するのは今と同じような家に籠ってなにかする生活…と思えてしまう。

病気で症状がまた出てしまった、お金が尽きてしまった、結婚できたのに生活に展望がない…これらの最悪の事態に陥るのがたとえ何年もあとだった場合でも、それでも最終的にこの場所に戻ってくるならばはじめからつまり今からそういう生活をしていても変わらないというのは達観なのだろうかなんなのだろうか。要はあんまり組織とかに関わらなくて自由に生きていきたいという目標があって、それで文章なんか書いているのだが、その自由というのはもう今、住んでいる”今”のこの年金実家暮らしの生活なのではないだろうかとか考えてしまう。

 

すでに最高の生活を手に入れたと思っている人はもう若くはないのだろうか。

とりあえずお金が少しはたまったら、旅行にくらいは行きたい。