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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

価値びん乱について。

価値びん乱という言葉は耳慣れないかもしれません。既存の価値体系にはない新しい価値感の表現というふうに僕は捉えているのですが、世に出る新しいものは、どういうわけか価値びん乱のものの方が人を多くというよりも深く印象付けるというイメージがあります。

 

僕の解釈はこうなんですね。つまりある一定の価値感、それこそ高度経済成長のときであれば、働く→給料あがる→次々とあらわれる車に代表される便利なものを買う→ますます景気がよくなる

 

このような価値感の中であれば、いい大学、いい会社、結婚というのは至極当然なものとしてあったのですが、よく考えたら、そっちの方が楽だと思いませんか?人間というのは指針を示された方が生きやすいのです。いちいち、このみんなが共有している価値感は間違っている…とひとり信念をもっている人間が当時いたとしたら、さぞかし苦労したことだと思います。

何が言いたいかというとみんなが共有している価値感を否定するというのは労力を要するということです。新しい価値感を示せた人は、そしてそれが最初は多くの人に否定されてもやがて実を結ぶことになったら、それはやはり尊いものなのです。

僕はこのブログで安心、安泰は求めない方がいいと書きました。それはいくらなにかの強者であっても、既存の価値が壊れたときに対応できなくなるようでは、あるいははなから新しいものを否定するような態度に出るようであれば、人間の器が小さいし、才覚というものはないように思うし、つまるところ倫理的ではないのです。


ヘーゲルの哲学も、はじめは否定された芽がやがて実るときに文化が生まれると説いています。このことにことさらなにかの弱者は敏感であるべきでしょう。強者を倒せるヒントと態度になっているからです。