がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

チバニアンとは?見学してきました。

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千葉県市原市の田淵会館というところが最寄りの駐車場になります。

 

着くとこんな感じの標識が。

 

磁場逆転した時代を示す証拠の地層です、の説明が書いてあります。

 

チバニアンとは千葉時代という意味で

世界遺産ならぬ地球遺産になるとも言われています。

 

その磁場逆転した時代の地層を確認できるのはこの場所とイタリアのどこかしかないみたいです。

 

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だからイタリアと日本の国旗が掲げられています。

 

田淵会館から歩くこと10分。

 

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なにやらあやしげな穴が見えますね。

 

足場が雨の日は要注意です。あまり整備されていない土の斜面をくだっていきます。

 

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ここです、この崖がそれを示す、地層です。古い地層と言われても、僕のような素人にはその価値がよくわかりません。

またポツポツと穴があいています。

 

まわりにはちらほら同じような観光客が。

 

といっても、平日だったからか、あとまだ正式に観光地として成り立っていないからか散歩がてらに来たおじいちゃんおばあちゃんみたいな人が多かったです。

 

でもなかにはプロ仕様のカメラを持って来ている人も。

 

なにかのお仕事かもしれませんね。

 

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 実はこの場所はそんなに広くなく、また後ろにはすぐ渓流が接近しているので、もしたくさんの観光客が訪れるようになったら、なにかしらの規制が出てくるように思われます。

 

また今はまだ見学は無料ですが、そのうち海外からもどさっと人が来る…かもしれませんね。

 

 そうしたらもろもろ事情で入場料ができるかもしれません、そうなる前に行っておくのがいいかもしれません。

 

以下まとめ。

 

僕は生活保護中の身で母親の車にたまたま乗せてもらって行ったのですが、

 

このチバニアンだけの目的でここまで来るのはなんとなくすごいマニアか専門家かでないとそんなに、一般的なすげー遺産をみた感は感じられません。

 

そのあたりが地球遺産になるかもと呼ばれる所縁かもしれませんね、いかんせん世界遺産とかよりかははるかに地味です。

 

しかし近くに車で一時間以内の場所に東京ドイツ村や、亀山湖、亀山の洞窟もあるので、それらとセットで行くことを、もし観光ではるばる来るのならおすすめします。

 

チバニアンはまだまだこれからの場所、という感じがして、まわりになにかお土産屋があったりするわけではまったくありません。

 

今のところは遺産巡りの青田買いと言ったところでしょうか。

 

 

人に会うよりも人を想像する方が楽しかったりする。

今日、忘年会が、学生時代の友達との忘年会があったのですが、生活保護だと行けないですね。お金的に。

 

しょうがないので実家によってご飯食べてしばらく悶々として、ああ、生活保護か、情けないな、忘年会にも行けないのか、と

 

くらい気持ちでいっぱいだったんですが、

 

今日、忘年会で会うはずの予定のひとたちを想像したり、またくらい気持ちのときにあれこれ空想めぐらすのってそんなに虚しい時間でもないと思うんですよ。

 

神様は人間に動物の要素を残したことで、醜い争いは絶えませんが、

 

一方、想像する能力を与えているんですね。

 

僕は神様というのは人間を試しているんじゃないかとたまに思うわけです。

 

いろいろ欲があるようにつくったけど、

 

頭を使う能力も動物より強くつくった。

 

それをさあ活かせるかな、みたいに高いところから眺めてみているんじゃないかという気がしてしまいます。

 

僕がネット時代に生まれて良かったと思うのは、

 

この空想力というか想像力は、ネットで鍛えられるんです。

 

よくネットはダメだというひとがいますが、

 

それはネットを補助的にふだん使う人、つまり強い人であるからで、

 

僕みたいにネットを生命線、特に文章とかなにかを表現するときにsnsだったりブログだったりにのせることが習慣になっていて、ふだんほとんど人に会わないとなると、

 

 

非常にあれこれ感覚が敏感になるんですね。

 

それはつまり、実際に人に会ったときに感じた快感より強く出るものなのです。

 

僕は人の本質は会話にはない、と思っています。つまり話す言葉にはそんなに信憑性がなかったりする。行動には信憑性がありますが、それよりも作品だったり書き言葉の方に、なんていうか交わりを感じたりするんですね。

 

というのも言葉とかそういう会って話すことは実は今の時代ってセックス以外には必要がない時代に生きているわけです。

 

極論するとぜんぶラインでいいわけです。

 

でもそういう時代の中だからこそ、誰かに会うことを想像するときには、

 

幸せに近い心理状態がある。

 

そういう場合は実際に会うとそれほど幸せを感じなかったりする。

 

なんでかな、とおもうんですが、

 

僕の場合、人と会うとなんとなく会話を合わせてしまうんですよね、

 

場の空気とかそういうのに。

 

であとから一人になっていろいろ思うタイプなので、

 

それだったらはじめから空想にはじまり空想に終わる時間であっても虚しすぎるってこともなかったりする。

 

こういうのってあのガロ漫画の、つげ義春がうまく描いていますよ。

 

僕はつげ漫画では、競馬場で入場券のもぎりの仕事をしている妻が、夫がきたときにチケットを渡して返すという物理的な所作のなかに愛を感じるみたいなのが、あるんですが、あれが一番好きです。

本は自腹で買うに限る。

以前青空文庫最高みたいな記事も書きましたが、

 

青空文庫とかネットでただで読めるコンテンツってこれは性格のせいかもしれないのですが、たとえると飲みものとしての水道水みたいなものなんですね。

 

ほとんどただ。

 

そう思ってしまうと名作も、もちろん面白い、それこそ僕は坂口安吾の小説なんかは青空文庫で大体読みましたし、

 

すごく楽しめたのですが、

 

有料のそれもそこそこの値段がする本ってあきらかに内容がわかってしまうもの以外だとやっぱり買ってみたくなるんですよね。

 

そんな金銭的余裕がなくても。

 

で、いざ買ってしまうともうあとは家に直行して読むんです。

 

それも真剣に読む。

 

競争社会がよくできているなあ、と実感するのはこういうところなんですよね。

 

書き手も値段だして買ってもらうからにはいい本にしようとクオリティを高めますし、読む方もお金を出すことによって真剣に読む。

 

立花隆はたくさん本を読んでいることで知られていますが、

 

あれ全部自腹で買っているみたいなんですよ。

 

どこかの著書で、人間は基本的にケチな生き物だから本はその情報量からしたらコスパがいいわけだから、惜しみなく買って読むべし、とこうすすめているんですね。

 

もちろん立花隆先生は稼いでいましたから、本はたくさん好きなだけ買えたかもしれません。

 

僕は生活保護なので今日は一冊だけ800円の本を買ってきましたよ。

 

僕は基本的に積ん読はしませんから、一冊に書いてある本のエッセンスをなるだけ汲み取ろうとする。

 

本当はでも贅沢に本を使うのがその目的、知識を活用するための知識をえるという意味では効率的なんですけどね。

 

受験勉強や資格試験が社会勉強よりもかんたんな一面があるとするとここです。

 

それらは基本的に一冊の本、赤本なら赤本を、気に入った問題集なら問題集を愛用すればいいわけですけど、

 

社会勉強はそれが通用しません。

 

できるなら多読がベストなんです。

 

同じテーマのものでも

 

いくつか買ってみて読むのが複合的な知識を得られたりします。

 

立花隆先生は、

 

どこにいったかわからないけど読み返したい本は探せばあるとわかっていても、同じ本を買うと言っていました。

 

探す手間が惜しいとかなんとか。

 

知識を商売にする人はそういうところは一般人とは違うなあと感じた記憶があります。

 

でも自腹で買う、は徹底した方がいいかもしれませんね。

 

やっぱりそっちの方が読書に身が入りますね。

 

 

ゴッホは白の使い方がおしゃれ。

先日、ゴッホジャポニスムの上野でやっていた展覧会に行ってきたんですが(障がい者手帳でただです)いつもゴッホの展覧会に行ったときに思うのはいっしょに弟テオの功労も展示してほしいというものです。

 

ゴッホはテオなしでは今のような評価のされかたもされなかっただろうし、

 

まあ自殺してしまったので本人からすると死後に自分の作品が評価されようがどうでも良かったのかもしれませんが、

 

僕はゴッホとテオの交流を描いた映画もみたことがあって、

 

テオという人物は兄の唯一といってもいい理解者だったんですね。

 

そうでなければあの気難しい性格のゴッホが何度も手紙を送っていたなんてことはなかっただろうし、

 

こういう言い方をあえてすると、

 

審美眼がそなわった人物だったと思うんです、テオは。

 

というのは死後に価値がつけられたゴッホの絵を誰よりもさきに価値をつけていたわけですからね。

 

テオ自身も梅毒で早死にしています。

 

不思議なことにあまりにその交流の心象が強烈すぎて、映画化はされども、

 

文章としてまとまって絵の解説ではなく純文系の文芸として二人の交流を描いたものってないですよね。

 

僕が好きなゴッホの作品はチェリーブロッサムの絵です。これはゴッホにしてはめずらしく明るい色調の絵で、春の桜を描いているんですね。

この絵は、オランダのゴッホ美術館の最後らへんに展示されています。

 

そしてテオの子どもが生まれたときの喜びを表現しました。ゴッホにしてはほんとにポップな感じの絵なんです。

 

ゴッホというと黄色と青のコントラストの夜のカフェテラスみたいな絵とかひまわりがまっさきにフォーカスされますが、

 

僕はこの上野の展覧会に行って、

 

ゴッホは白の使い方がおしゃれだなあ、と発見しました。

 

白はなんといっても冬の色です。

 

白というとそもそもキャンパスが白だから表現しづらい色のように思えるわけですが、

 

ゴッホの白は存在感があるんですね。

 

それはあのベタ塗りに近いタッチも去ることながら、

 

まるで顔が整った人物のイアリングのようにポイントが効いているんです。

 

ゴッホは自画像もいくつもかいていますが、

 

僕はあの自画像は好きですね。

 

親にも親族にもゴーギャンにも見放されたゴッホは、それでも自分の価値に自信があった。

 

強烈に自分に自信があった。

 

世間が認めなくても、という自負がなければああいう自画像は描けないでしょう。

 

その証拠に、ゴッホの白の使い方は、どんな威厳のある人物が身につけている白よりも、はるかにはるかに洒落た白でした。むしろ白をファッションとかデザインに取り入れるときの原型みたいな感じすら覚えました。

 

ぼうずあたまは石鹸で洗おう!

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 ぼうず頭の洗い方としてシャンプー派と石鹸派がありますが、僕は断然石鹸派です。

 

この写真の石鹸は3個セットで200いくらでセブンで買ったものなのですが、

 

今のところなんの支障もありません。

 

泡立ちがよくて、シャンプー以上に快適に頭を洗えます。

 

ぼうずの魅力自体についてはいくつかこのブログの投稿にも書きましたが、

 

もうひとつ大事なメリットは石鹸で洗ったときに快感!というものです。

 

長い髪だと石鹸で洗う場合、きしみますね、髪が。

 

ところがぼうずだとつるんという感じで洗えちゃえます。

 

そのついでにそのまま洗顔できるので風呂時間大幅に短縮です。

 

で、ちょっとこの投稿の趣旨からははずれるのですが、

 

僕は昔から肌が綺麗と言われることがあります。

 

村上龍どこかで言っていましたが、龍言飛語かな

 

村上龍が頭が一向に薄くならないのは小さいときほとんど髪を洗わなかったからだ、と言っていました。

 

これは実は肌にもいえて、肌って毎日ケアしない方が僕の経験上も科学的にも肌に逆にいいみたいなんですよね。

 

あのゴシゴシ汚れを落とす手ぬぐいも、

 

使うのは三日に一回くらいでいい、というのもきいたことがあります。

 

それ以前に精神病院では風呂に入れるのが三日に一回だけでした。

 

そう考えると現代人は汚れを落としすぎなのかもしれませんね。

 

それで逆に見た目を悪くしていることもまあよくきく話です。

 

僕はお風呂って体の汚れを落とす以外に、リラックス効果があると最近知りました。

 

合理で生きていた僕は風呂などそもそも入らずシャワー派でした、いつなんどきでも。

 

でも歳でしょうか、湯船の風呂が特に冬場はいいんですね。

 

で、ぼうずの場合、この風呂に入ってからの洗い方にも変化が出ます。

 

まず基本的に湯船にお湯がたまったら、

 

一回ざぶっと頭に湯をかけて、それで石鹸を取り出しあわ立ててしゃかしゃか洗います。

 

で、洗い流すときも何回か目をつぶって湯船の湯をざばっとかけるだけ。これだけですよ。

 

そのあと洗顔も同じように石鹸であわ立ててざばっと湯をかける。

 

このシンプルかつ風呂中にシャワーから湯を出す必要のない行為が、なんだか新鮮ですね。

 

ちなみにイギリスなどのヨーロッパで風呂というと、よくアニメの挿絵などであるように、はった湯を使って体から顔から頭まで洗うわけです。で、風呂の中が泡だらけになります。終わったら、湯の栓を抜いておしまい。

 

あと風呂場にシャンプーやら洗顔フォームなどの細々したものを置かなくても石鹸ひとつおいておけばいいというのも、

 

無駄を嫌う僕にはグッドです。

 

 

 

家賃は期日までに払えなかったらしはらいを延長してくれる。

明日以降に前家賃を払いに行くのですが

 

僕も含めて多くの人は家賃とかクレジットカードとかってなにがなんでも期日までに払わなければならない、と思っている人って多いんじゃないかと思います。

 

もちろん原則は期日までに払う、です。

 

でもいたしかたない場合は、特に銀行とかクレジットカード会社とか家賃の保証会社とかは利子つけずにあるいは暴利ではない理にかなった利子で支払いを延長してくれるみたいです。

 

これは僕の体験談です。

 

だから、38度の熱があるけど日雇いに行かなければならない、みたいなことはしなくていいんですね。

 

僕はこのブログにもどこかで投稿していますが、

 

サラリーマン金融だけには手を出さないようにすれば日本という国は安全安心にできているのです。貧困者にも。

 

僕はたまたま家の近くにスーパーとかドンキホーテがあって

 

食費の分は浮いているところあるなあと思っているんですが、

 

それはうまくできていて、

 

その分、激安の物件ってわけでもないんですよ。

 

探せば五万円以下の物件ってペット可でもたくさんあります。

 

そういうところは不便かもしれませんが、

 

スマホの契約だけすればネットでなんでも手に入りますからね。

 

で、この状況になってみてわかったことは日本人が、とくに若者が、切れる若者とかいって問題視されていた人たちも、

 

またあるいは中高年で線路に飛び込む人も、

 

今一度、最底辺の生活に想いを寄せることは大事なんじゃないか、ということです。

 

僕のある尊敬していた知人は、

 

悩みの比較には意味がない、と言っていました。

 

つまり高い身分の人には高尚な悩みがあって低い身分の人にも悩みがある。

 

その悩みは比較できない、同じだけその人それぞれに苦しいものとしてある、みたいな話だったのですが、僕は一点、そうかなあと思うところがありました。

 

それはやはりどう考えたって、毎年何万人も餓死するような国に生まれるよりも餓死せずに生きていられることは最低限できるみたいな国の人の方が、悩みに確実に優劣があるんじゃないか、というものです。

 

そのときいや生きられるなんて当たり前だ俺はもっとこんな悩みがあるんだ、とか言っても、それはウガンダの餓死寸前の人たちに向かって通じる悩みですか、と問われたら何も言えないでしょう。

 

その点で僕は日本という国に感謝しているところはあります。

 

今の体験はのちの人生に、もし長生きするとしたら役に立つように思っています。

日本はワールドカップロシア大会は負けると思って臨んだ方がいい。

僕にはなぜ山本昌邦が、抽選会でコロンビア、セネガルポーランドの組に入ってにやにやしたのかがわからないんですよね。

 

順当に言ったら、日本は負けると思いますよ。

 

チャンスがあるとしたらセネガル戦ですが、

 

アフリカのチームはリズムが違うのでかんたんな試合にはならないでしょうが、

 

技術では日本がまさっているはずです。

 

というかそれよりも大きいアドバンテージはセネガルにビックネームがいない、ということだと思います。

 

ここで勝ち点は取れると思うんですが、

 

コロンビア、ポーランドには今から負ける負けると思って臨んだ方がいいように思います。

 

そしてハメスやレバンドフスキの対策を練るよりも、

 

日本の小技みたいなものをみせてほしい。

 

日本ってワールドカップに限らず、

 

気合いの入った試合になると

 

息つまるようなゲームしかしないんですよね。

 

それがロシア大会でも目に見えるような感じがして、それで負けるとなると最悪のシナリオ、というかんじがします。

 

結局、日本らしい戦い方というのをもうそろそろ確立しないと相手チームに馬鹿だと思われるんじゃないかと思うんですよね。

 

どうせグループリーグをかけあがっても、

 

ベスト8のところで負けるんだったら、

 

そんなガチガチに対策練らないで、

 

ある程度、ワールドカップに連続で出ている風格みたいなものを醸し出してほしい。

 

具体的に言うと、そろそろもう

fwぐらいは確立した方がいい。

 

大迫なら大迫、浅野なら浅野、

 

欧州のチームが強いのは、

 

ビッグネームがレギュラーで期待されることで自信もってそれで試合に出て結果だして

 

の繰り返しだから、日本みたいに先発が今の段階でまったくわからないみたいなことにならないまま強いんですよ。

 

このあたり、もうそろそろ日本も競争は大事だけど、選手を信頼するのも大切なんじゃないかと思います。

 

僕は日本代表の試合をみるとき、

 

ああいつも、みんなてんぱってプレーしているなあ、と思ってしまいます。

 

5回だか6回だかワールドカップに出ているんだから、

 

そろそろ落ち着いてほしいと思ってしまいます。

 

なんていうか目まぐるしく変わる選手陣って要はスター不在をまわりにアピールしているだけなんですよね。

 

そして来年のロシア大会までにそんなレバンドフスキみたいなやつは日本には現れないと思うので、

 

今何回か試合出た選手を鍛えたり、まわりと連携とることに終始した方が、時間を逆算しても、効率的かつ、

 

いい試合ができると思います。

 

はじめの話に戻りますが、そんなにいいグループに入ったわけでもないとおもいますよ。

 

順調に行ったら日本は負けます。