がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

今日の教訓。

樺沢紫苑さんという精神科医の方がいるんですが、運動不足は食欲増加につながる、とこう言っていましたね。ユーチューブ。

 

僕は睡眠不足やストレス過多が食欲増加につながることは知っていたのですが、運動ってするとお腹減るからたくさん食べるよね?とそう思っていました。

 

しかし違うみたいです。

 

運動をすると食事の量が適正になるように人間はできているみたいです。

 

これは発見でしたね。

 

僕は最近サッカー体操をしているんですが、まあ小一時間くらいでしょうか、ニットの帽子をかぶってちょっと汗かくくらいのことをやっています。

 

確かに、ばかすか食べたいとはあんまり思わなくなりましたね。

 

運動はまったくしないとやはり駄目みたいですね。運動ってでもイメージとして走るっていうハードさが浮かびますが、

 

基本的に歩くだけでも充分な気がします。僕の場合は歩くことすらしていなかったので食欲過多でしたね。

 

運動なんて身体に悪い!と文学青年みたいにかっこつけて思っていてもそういう人に限って知らず知らずのうちに動いたりなんか活動してたりして、充分運動してたりしますね。

 

ところで僕は刑務所には入ったことはないですが精神病院はあります。

 

刑務所は運動が過酷そうですが、精神病院ってなんていうか無駄のない生活なんですよね。

 

今でも覚えているんですが食事がすごく質素なんですよ。なんかお子様ランチに出てくるようなゼリーがデザートで、

 

とにかく人間が健康的に暮らすために必要最低限のお金で作られたごはんでしたね。おかわりのない学校の給食に似ています。

 

あれは今にして思うと素人にはやっぱり作れません。栄養士みたいな人が考えないと毎日違うメニューかつコストおさえたごはんで最大限の栄養バランスというのは主婦でも難しいと思います。

 

僕は精神病院にまた入りたいとは微塵も思いませんが、入院していたころは、

 

この生活スタイルを真似すれば再発なんてしなさそうだな…とどこか安堵感もあったのです。

風呂とかも三日に一度でした。三日に一度の風呂スタイルは僕は生まれて初めてでしたね。

 

三日に一度でも大丈夫なんだ、と無知だった僕はカルチャーショックのようなものを受けたのを覚えています。

そして朝は必ず体操があり軽い運動もするのです。

 

 

僕はただの運動って歩くこととかも嫌いなんですが、小さいころからサッカー部だったのでボールがあればなんか身体動かせる気分になるのを発見しました。

 

一人でやってるし楽しいってわけではないですが、とにかく一つでも自分に合う運動法が見つかるのは嬉しいですね。

 

 

僕はギャンブルをやらない。

結婚と就職がギャンブルの時代になりました。

 

離婚率の高さ、ブラック企業の増加などでもはやこれは統合失調症患者にとってはより当たり前のことなのかもしれません。

 

結婚のメリットは高齢になってから感じられるもののような気がします。孤独死の確率が下がります。

 

就職のメリットは定額の高収入ですね。

個人で何か生産性をあげるより人によってはそっちの方が楽です。

 

僕はざっとですが人間らしく、それも割と強度に人間らしく過ごすために必要なお金を算出してみようと思いました。

まあ備忘録のようなものです。

 

①タバコ→二万

②教養と娯楽→千五百

③飲食→一万

④通信費→一万

⑤光熱費含めた家賃→五万

 

全部たすと九万千五百円。

 

ポイントをあげると

生活保護及び障害者手帳でいろいろ減免になって大体⑤に関しては統合失調症の人はこれくらい。

 

で①はタバコが病状に効くことと抗精神病薬に浄化作用があることで、統合失調症の人は二万円くらいタバコ代使うと思います。

 

②と④が最大のポイントです。

固定のネット回線とamazonプライムkindleアンリミテッド。これは最強の組み合わせです。時間だけあればどんなに優れものかもうわかりますね。

 

③が実は一番悩ましいのです。

一万と書きましたが使っているときは

もっと使っている。一万は理想。

 

で今日から僕はサッカー体操みたいなことを始めました。公園でボールを使って身体を動かします。運動代はゼロ円です。

 

これが僕が考えられうる現時点での、

「文化的な最低限度の生活」です。

 

ちなみに性欲は④に含まれています。

 

コミュニケーションはフランクなやつだと母と姉と甥と姪。

 

緊張感を伴うやつだと仕事で行う取材と編集長。

 

友人や恋人がいないのが寂しいですね。

 

友人はフェイスブック。恋は空想や想像。

 

でも悪くない気がします。

 

 

 

 

 

昭和の三種の神器がない家。

平成が終わりますね。

 

僕は昭和58年生まれで、

生まれた時からテレビ、冷蔵庫、洗濯機はありました。

冷蔵庫や洗濯機の存在が女性の社会進出を促したという分析を昔見たことがありますが、僕の部屋には昭和の三種の神器はありません。

 

しかしネットはひいてあります。

そしてスマホがあります。

あとオマケでこないだポケットラジオ

を買いました。

 

これだけあれば何かに困ることがない。

むしろ冷蔵庫と洗濯機がなくて電気代はたとえば先月は二千円でした。

 

洗濯は風呂に水を溜めて洗剤を溶かし、

その中に服を入れて掻き混ぜてからつけ置きです。

 

冷蔵庫は近くにスーパーがあるのでスーパーが冷蔵庫代わりです。

 

テレビなどの動画はユーチューブ。

最近月四百円のアマゾンプライムに加入したので映画を観まくっています。

 

快適です。たまにポケットラジオを聴いています。

 

都内近郊で家賃を抑えられる三畳一間の賃貸物件が人気だそうですが、

 

その現象が起こる理由がすごくよくわかります。僕も次引っ越すとしたら、そういう無駄のない部屋に住みたいです。

ミニマリスト志向の人は最低限の装備で最大限に近い快適を得られそうなシチュエーションを想像すると興奮するんですね。

 

「これ、なくしてみたら、生活がどう変わるだろうか…」と考えることが純粋に楽しいのです。

 

時代によって生活パターンっていうのがあって、モーレツ社員が死語になると、

過去の便利なものは今あっても"さほど"便利ではない時代なのかもしれませんね。

 

堀江貴文が、ai時代は遊びの時代と言っていますが、

 

これであと食べ物の定額プランが出たら、もう本当に、堕落さえしなければ

 

働かなくていいかもしれませんね。

 

ただそうなったときに何が自分のアイデンティティかと考えるのは、重要な気がします。

 

そういうとき、アフリカや中東の発展途上国の人々の生活を知ったり、そもそもそういう存在があることに、

 

一部の先進国の人は、同情をするのではなく、

 

感謝するようになるんだと思います。そう未来を予測します。

 

やることができたり、

 

社会的な活動、役に立つことをしようと

 

無駄なく思えるようになると思います。

 

快適さを感じられるのは、

快適さを感じられない人たちとの比較があってこそですからね。

 

比較とか相対なしには、

 

幸せがない、というところが人間の寂しさですが、

 

僕は絶対的な幸せというのは衰退や堕落と裏表の関係になっていると思っています。

比較なしの絶対的幸福は手に入ります。

 

このパン美味しいと言ってずっとそのパンだけで幸せを感じることは、情報を遮断すれば可能なのじゃないでしょうか。

 

ただ、そういうふうには人間なかなか生きられませんね。

 

 

 

僕の借金事情。

生活保護受給から一年経ちます。

 

クレジットカード会社から、債権調査書が届きました。借金の内訳、具体的な数字ですね。

 

まずリボ払い分が、325,057円。一括払い分が、16,617円。

 

で、一年経ってどうなったかというと、リボ払い分の利息&手数料が30,124円。遅延損害金が15,299円。

 

一括払い分の利息&手数料が0円。遅延損害金が3,765円。

 

つまり計算すると341,674円あった僕の債務は、一年間の生活保護の間に49,188円増えました。

 

思った通り、約40万円の借金です。

 

さてこれをどう捉えて、どうするかというお話です。

 

備忘録的なものなのであっさり書くと

 

留意点は、「将来どうなりたいか」という人生設計だと思うんですよね。

 

ふつうに結婚して子どもを持つ将来を思い描くなら、この借金は生活保護を抜けられるなら抜けて、早目に返した方がいいに決まっています。

 

もし単身の人生を望むなら、この借金の存在は、そこまで悪いというか障害になるものだとはあまり考えていません。

 

今のペースで記者業を続け実績を積んで、チャンスがあれば単価の高い仕事にチャレンジする。借金は生活保護と病気で、生きるモチベーションを失わない為の潤滑油にする。

 

僕は後者のようなスタンスでいます。

まあ、上にあげた元本で一年間生活保護生活を送ると大体借金は五万円増えますよ、というお話でした。

 

誰もが本当は成功者。

成功者だと感じるのはかんたんです。

 

ラインニュースやヤフーニュースを一度開いてみればいいのです。

 

そこには毎日必ず誰かが犯罪を犯し、

 

捕まっています。

 

捕まった人間を羨ましがる人はいないでしょう。いたとしても、それは刑務所の方が快適だと思う現状が刑務所よりもみじめな人だけです。

 

今、この生きている瞬間に捕まっていない自分は、確かに幸せなのです。

 

実はそういうことを日々意識するのってお金を稼いでいるようなものなんですよ。

 

なぜなら、お金を実際に稼いでいる人は、つまり仕事に熱心な人はそういうこと、なかなか考えません。

 

一日の中に一回でも、ああ自分は生かされているなぁ、良かったなぁ、

 

と思える人の幸福は、否定しようがない。

 

 

 

 

 

 

風俗依存から抜け出す方法その2。

風俗依存だった僕が風俗断ちをして

はや一年経ちます。

 

ここでちょっと僕が性欲に関して思うことを書こうと思います。僕はもっぱらオナニーをしているのですが、

 

オナニー生活を快適にするためには、オナニーの直前まで、「今日くらい風俗行っちゃおうかなー」と本気で思うことが大事です。具体的にはデリヘルのサイトを閲覧するなど。で、性欲が高まったところで、でもお金もないし、どの店のどの子にするかとか選ぶのも面倒臭いし、お店のスタッフとコミュニケーションを取るのも面倒臭いし、

 

何より待つのが嫌だ!今抜いてしまえ!となって、そのデリヘルサイトを閲覧しているスマホの画面を即座にアダルトビデオサイトにします。で、オナニーします。射精したあと、ふつうにオナニーした場合に比べて気持ちいいしお金も時間も節約できたとなって、

 

デリヘルに実際に行った場合よりも、

お得感がたくさんあります。

 

で、ここでちょっと違う系統の話をしたいと思います。と言っても性欲についてです。

 

社会学や科学や医療でわかっていることは、

 

性欲がなくなった人間の末路はやばい、ということと、セックスをするパートナーがいる人の方が実はオナニーの回数がパートナーがいない人より多いということと、性欲過多のために痴漢とかしてしまわないよう男性ホルモンの調整をする治療を受けている男も世の中にはいる、という全て事実の事柄です。

 

また僕が風俗通いをしていたときにあるピンサロ嬢から聞いたこんな話があります。

 

そのピンサロ嬢はまだ若かったのですが、それにより男性の性欲についてよく知らなかったのです。

 

ピンサロ嬢は、「この仕事をするようになってから、君にしか欲情しない、という男の甘い言葉が全部信じられなくなった。男は妻子がいてもパートナーがいても性欲が高まったときには、私のようなピンサロ嬢に抜いてもらって、満足して帰る」

 

そう言っていました。

 

つまり、恋愛や結婚というのは、実は社会的制約があった上でこそ、特に、不倫や浮気などをしない男たちには効果がある、という事実に気づいたのです。

 

簡単に言うと、いくら愛し愛されているカップルや夫婦がいても、いざというときには魅力的な異性がいたら、人間はセックスができる、ということに気づいたわけです。

 

こんなことは実は男なら思春期から知っていますね。

 

で、それらを全部含めた上で、性欲はじゃあどうすればいいのかと言うと、

 

僕はコントロールする、ということに尽きると思うのです。

 

このコントロールするコツは、僕の実体験や経験則で言うと、

 

「オナニーをして解消する性欲と、実物の女を媒介にして解消する性欲に根本的に何か幸福の質といったものに違いがない」と知ることだと思うんです。

 

彼女や嫁がいないからセックスできなくてなんて自分は惨めなんだ、と考える人が多いかもしれませんが、

 

それは社会が作り出してる幻想の中の惨めさなのです。

 

長く生きているとそういうことがよくわかってきます。

 

社会や世間が、恋愛を歌った歌や、

デートスポットなどを用意してくると

 

まるでそれを利用しない、できない人はかわいそうという感じになりがちですが、

 

本当に気持ちのいいオナニーというのも誰しも経験したことがあると思いますし、本当に気分的に滅入ったセックスというのもやはりあるのです。

 

だから性欲に関しては、オナニーでもセックスでもどっちでもいいというスタンスだと、かなり生きるのが楽になります。

 

この世の中に絶対的な価値というのはありません。

 

例えば絶世の美女とセックスできても、

 

その快感は一年後までも続くなんてこともありません。

 

人間の性欲というのはよくできているのです。

 

ありすぎてもなさすぎても駄目というようにできているし、

 

また賢者タイムなんていうのも、

面白い仕組みです。賢者タイムに女を欲しがる男はいません。

 

そもそもなぜセックスのほかにオナニーという性欲解消法があるのか、ということを考え始めるとまた考察の幅が深まりますし、

 

ストレスが多い生活を送っている人ほどオナニーではなくセックスしたがるという話もあります。

 

きっと神様は、子孫を残す目的以外にも欲情する人間という生き物を作って、試しているのでしょう。

 

つまり僕が今こうやってあれこれ考えているのも、人間の性が悶々とするようにできているからです。

 

その考察力を試している。

 

死ぬまで考え続けることが、風俗で一回セックスして満足し切ってしまうより、

 

その人間に生きる上で実際的なメリットがある、と示唆しているように僕には感じられます。

 

煙草について。

ある朝、煙草が手元にないと、ひどく不安であった。

 

だが不思議なことに、煙草を吸いすぎているのを自覚すると、それはそれで不安なのであった。

 

煙草の害について、特に肺がんへの影響について、語られることが多い。

 

ある科学者は、煙草と肺がんの関係について、そもそも因果関係のデータをみてみると、肺がんで死んだ人が喫煙者であるのだが当時の喫煙率は男性85パーセントだったという話をして、

 

つまり肺がんと喫煙の関係の根拠が乏しいのだ、などと言う。

 

ほぼみんな吸っていたんだから、と。

 

また煙草は一種のポーズなのだという人もいる。セックスのあとに男がとるポーズであると。

 

僕は、時代が煙草を撲滅してもかまわないが、

 

それに代わるものを提供してもらいたい。

 

だが煙草に代わるものとしたら、

 

最近カナダで合法になった大麻くらいではないだろうか。

 

煙草の方がいいんじゃないだろうか。

 

煙草くらいで満たされるものがあるのだったらかわいいものなのではないだろうか。

 

僕は社会人になって吸った煙草の銘柄をよく覚えている。

 

セブンスターレボのフルーティーメンソールであった。

 

あれは美味しかった。

 

セブンスターレボのフルーティーメンソールをスーツのポケットにしのばせながら生活しているのはひどく爽快であった。仕事終わりに吸うのは実に爽快だった。

 

セブンスターレボのフルーティーメンソールは、だがしかし、数年後に売られなくなり、なくなってしまった。

 

僕は社会人になってから今までで、三週間だけ禁煙したことがある。

 

吐きそうであった。

 

狂いそうであった。

 

三週間後に吸ったときは罪悪感があったが、

 

三週間という時間の"軽さ"も同時に知ったのだ。

 

三週間という期間が、後の人生になんら影響を及ぼさないことを知ったのだ。

 

競争だ、などと人は言う。

 

腕前だ、などと人は言う。

 

だが例えば当時、SEだった僕は、

 

人より速くキーボードを打てることが、

 

先々の人生になんら影響がないことを

 

23歳にして知った。

 

これからの人工知能時代、

 

そういう努力が不要であることを

 

知らない人間は阿呆であろう。

 

煙草を100本吸って原稿用紙1枚書くという非効率に見える中にある質にこそ、目を向けるべきなのだ。

 

社会人になって自由に吸えるようになった煙草。

 

青年期に必ず携帯していた煙草。

 

自由の象徴の煙草。

 

吸うと元気が出た煙草。