がんばれないひと。

統合失調症を発症して9年目。1983年生まれ。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。 

DIGNOのガラホ、502KCはBluetoothキーボードが使えない。

今使ってる僕の端末なんですが、ここに書いておきます。ネットのどこにも情報がなかったので。ちなみにHIDプロファイルのBluetoothキーボードに対応していないというだけでよく知らないのですが他の方式のBluetoothキーボードは使えるかもしれません。少なくともHIDプロファイルのものはだめでした。

で、このDIGNOケータイ。ガラホなんですが、つまりベースはAndroidなんですが、ネットにあるガラホにアプリをインストールする方法。では全部だめでした。僕はHIDプロファイルのBluetoothキーボードが、使えるようになるアプリをインストールできれば使えると思って、bluekeyboard jp というアプリがあるんですが、これを入れれば大丈夫と踏んでいたのですが、以下の方法すべて駄目でした。 

①bluekeyboard jpのapkファイルをパソコンでフリーメールから添付してDIGNO端末上で開いてインストールする。
②USBケーブルでbluekeyboard jpファイルをパソコンからDIGNO端末内に持ってきてインストールする。

①は開こうとすると、対応するアプリケーションがありません、となって駄目。ちなみに一般的なインストーラーapkを同様の方法でインストールしようとしても同じメッセージが出てしまいます。つまりインストーラーapkを入れるためのインストーラーapkがないと駄目みたいになっていて、らちがあきません。

②は再生できません、というメッセージが出て駄目です。

DIGNOケータイの欠点は個人的にこのBluetoothキーボード非対応とWi-Fi非対応だと思っています。

全てはバブル。

バブルが弾けたなんて言いますが、僕はこの世の中にあるほとんどのものがバブルだと思っていますよ。

なにかを面白いと思ったり、価値があるように思うのは、結局人間は寂しいからなのでしょう。

誰かと共有する面白いもの、価値のあるもので一過性のものがバブルなわけです。

でも少し考えればわかりますがこの世で一過性ではないものなんてないんですよね。美人でもとしをとるから一生美人なわけではないし、ずっと売れ続ける芸なんてものもない。昔面白いと思っていた物事はとしをとるにつれ、また環境が変わるにつれそう思わなくなる。

こういう移り変わりをいやいやながらよしとした人に僕が好きな作家、三島がいます。三島の功績は、言葉がこの文章でいうところのバブルであり、行動が実質であることを、一生をかけて示してくれたのです。

言葉というのはパフォーマンスでしかなく、行動は証拠が残るんです。そしてもっともこのパフォーマンスと証拠のギャップで人に印象を残せるのは、それがみんなはそうしないというレア度が高い場合に限る。

ちゃんとやるやる言っててやらない場合は多くの人にありがちなので批判されるけど、やらないやらない言っててやる場合は、もちろん善悪加味してですが、人の好意に触れることになるんですね。

三島は、上述したギャップをもっとも大きくとった。バブルは小説であり、実質は大義による死です。

このギャップがこれ以上は大きくできないという最大限のところなので、印象も強いわけなのです。

で、バブルは小説であるというところにニヒリズムがあるんですが、ふつうの人はバブルを、なにか浮き世の物事に投影すると思うんですよね。こどもを遊園地に連れていくとか、マイホームを購入するとかなんでもいいんですが。誰かがそれらの価値を認めないとみんなそれはやらないわけでしょう。おとうさんたまには遊園地に連れていってとか
あなたそろそろマイホームほしいわとかまたそれに類似したまわりの評価がなければ、誰もやらないわけでしょう。ただ言葉の芸術である小説は、
最終的に三島のような死なら、ニヒルとしかいいようがない。

それを真似ないのであれば、ある程度、ニヒルを抑えなければならない。価値ないと思っているものも、くだらないと思っているものも楽しいと思い込まなければならない。それが精神面でいうところの資本主義の悲しみそのものでもある。そしていくらかでも本当にこころの底から楽しむのであったら三島がとったようなギャップの大きさをいくらかでも大きくする手法をとらないと、寂しさに負けてバブルといっしょに自分自身も消滅してしまう。

住居確保給付金について。

僕は宣言したとおり、今はどこの組織にも属さず、たまに日雇いに行くという生活をしているのですが、市役所管轄というか分離した団体で、日々の困りごとを相談できるところがありまして(どこの市区町村にも今はあるのかな?以下、団体Aと呼びます)

 

そこで、仕事をするとストレスで散財してしまうことが多く、どうすればいいでしょうか、みたいな内容で真摯に相談しに行ったら、以下の二つのものを提案されました。

 

ひとつは、買ったものの記録を残して、またきてください。

ふたつめは、住居確保給付金という制度があります。

 

で、ひとつめは大学ノートを一冊買って、レシートをホッチキスでとめて保存するようになったんですね。これによって、団体Aが大体いまの消費生活だと月にこれくらいは必要です、みたいなのを算出してくれました。僕の場合、月16万円くらいでした。

 

ふたつめの「住居確保給付金」なのですが、これが本題です。

 

この制度は離職などによって、家賃を払うのが困難になりそうという人向けの制度らしく生活保護とはまた違うのですが、

 

家賃四万いくらまでを上限として支給されます。ただ注意点があってソフトな条件として貯金が五十万円いくら以上あったらだめとか、月の収入が年金だろうが誰かからの手渡しだろうが八万円いくら以上あるとその分もらえる給付金は目減りします(まったくもらえるわけではなく算出式みたいなのに当てはめて給付金の額が決まります)。

 

で、僕の場合、もらったほうが良さそうと団体Aが判断したため、その申請にこないだ行ってきたんですが、思わぬところにトラブルがありました。

 

それは、結局この給付金というのは直接自分の口座に振り込まれるということはできずに、家主さんの口座に振り込まれるという決まりになっているんです。

 

で、もろもろ書類を申請するにあたってそろえなければならないのですが、

 

そのなかで賃貸契約を結んだときの不動産屋に書いてもらう書類というのがあります。

 

それは、この人は確かにこの家に住んでいますよとか暴力団ではないですよとか大家さんの振込先の口座はここですよとかそういうのを示す紙なのですが、

 

僕の場合は、不動産屋から返却されてしまいました。

 

というのは今の僕の賃貸契約が保証会社を通じて家賃を支払うという契約になっていて、

 

その保証会社が、給付金と僕の家賃-給付金の差額を振り込むという方法がとれないと主張したからです。

 

で、不動産屋に保証会社を新たに変えて、そういった方法がとれるところと再契約を結ぶならできますよ、といわれたのですが、手数料とかが家賃の半分くらいとかかかってきて、とうてい僕の今の資金では難しかったのですよね。一応、不動産屋協会みたいなところとか保証会社協会みたいなところには国としてこういう制度があるので、協力してくださいね、というのは周知されているみたいなのですが、

 

僕の住んでいるマンションの家主は、保証会社を媒介しなければだめな主義だそうで、

結論、僕は給付金の申請をしていません。

 

でも、少し考えると、この給付金は自由が減るといえば減るんですよね。

 

たとえば何かほしいものがあって、それのために日払いの仕事に精を出すと、

 

その分、もらえる給付金の額は目減りしほとんど申請しなかったのと同じようになります。それがなにでわかるかというと通帳を記入するように言われるので、手渡しで誰かにお金をもらっている場合は、いわなければわからないかもしれないですが、銀行振り込みの場合、ばれます。それにおそらく手渡しでもらっているのもばれたら、きっと罰金でしょう。

 

あとこの制度を利用すると失業手当のときみたいに週に一回必ずハローワークに行ってどこかの会社に応募した証明をしなければならないのも面倒なところです。応募はまあ民間でもいいみたいなのですが、組織を敬遠している僕からするとちょっと・・・って思うところもありました。

 

でもお金に困っているからこその制度なのに新たに手数料が発生する保証会社を再契約しなければならないというのはどうも腑に落ちなかったんですけどね。

 

保証会社の口座を書いてもらって、差額を僕がそこの口座に振り込めばいいだけなようにも思えるのですが、まあいろいろと煩雑になるから敬遠するんでしょうかね。

 

家主も確実に家賃がもらえるならそっちのほうがいいとよく考えれば思うような気もするんですけどね。。。

 

がんばれない理由。

天国があるかないかというよりそれを信じるか否かの議論は意味をなさない。

なぜなら人間である以上、天国や地獄を想像できてしまうのでやはりそれはあるのだ。

ここでそれはないと否定しても、否定する対象を認識している限りにおいてやはり天国はあることになってしまい、ないと言い切れるのは言葉を持たない人間とおもわれがちだが、想像のなかで言葉を使って天国の概念はあるのかもしれないと言葉を持たない人間以外の人間がまた想像をする。議論は平行線になる。僕が昔から思っていたことのうちのひとつにアリにも何か高度な知能があるかどうかは人間にはわからないのではないか、がある。

アリに人間がわからなくて人間にはアリがわかるという図は科学であるが、

そもそもアリには耳がなく、あの足が実は天国という意味でついている可能性がアリ同士のなかではあるのかもしれないが、それは人間にはわからないのだ。

アリの足が天国に代替するものであったら人間にふんずけられるのはアリにとって本望なのかもしれない。          

人間は価値を見出だそうとするが、価値の価値を決めるのはアリのこともわからない、ただ人間であるだけで人間のように振る舞っているような、人間なので、価値もあてにならないだろう。

そうだとすると多様性が広まる。神様は多様性をわからせるために人間を作ったとしか考えられない。 

人間は赤ちゃんがおじいちゃんになるように最初が0で最後も0なのである。

とすると人間が知能を使って生きるとイコールなのは、長く生きれば生きるほど不思議や混沌が広まるばかりということの認識にある。

つまり成長とは永遠にある謎解きのための、それまでの知識じゃ網羅できない新たな知識を得て、それをもってまた新たな知識を得る作業の繰返しなのである。

それは未来永劫続くので、やはり休んだ方がいいのである。

がんばれないひとにはそういった理由がある。

日雇い生活。

引っ越しアシスタントとイベント会場設営の仕事に行ってきました。どちらも日払い。日払いと言っても現金渡しではなく2日後に振り込まれる感じです。

まず登録派遣会社の情報。登録自体は事務所の一室で四十分くらいで終わりました。振込先口座と顔写真と身分証明書と誓約書とかを済ませてあとは面談のようなものはありませんでした。snsに変なの上げないでねとかドタキャンしないでねとかの説明がほとんどです。
また仕事終わってから現場の担当者にサインをもらわなければ給料が発生しないので、まあ面談なんて必要ないんですよね。

引っ越しアシスタントはひたすらトラックに助手席に乗ってたまに重い荷物を積み降ろしたりとどけるのを手伝います。でもおもにドライバーが届けに行って、僕は無人のトラックを見守っている時間がほとんどでした。イベント会場設営はイベント会場にある設備の組み立てです。なんか梯子にのってパチンパチン、巨大なレゴみたいなのを組み立てて宣伝用のパネルをはめられるようにするお仕事。

どっちもそれなりに疲れますが(いる人に対する気遣い含む)、なによりこの一日が終わったらまた違う現場になるから一期一会なんだという感じを噛み締めていると、忍耐できますね。

で、まあ確かに仕事って選ばなければあるんだなあと思うところで日雇いは、僕みたいに明日もあさってもこの人と働くのかぁと憂うつになるタイプは、お金のもらえる一日限りのなんかの修業だと思って行くとなんとかなったりします。

それに文字通り汗をかいてえるお金なので確かに浪費、ちょっとためらいます。

この千円はあの日雇いの辛い時間のなかの千円といっしょなんだと思うと、なにか有意義なものに使おうとしますよね。浪費ができるのは楽しく稼げちゃう人の特権かもしれません。

でも僕がなにより利点だなあと思うのは一日仕事して一日休むみたいに自分のペースで仕事できるところです。統合失調症にはうれしいですね。明日は元気に行けそうだってときに仕事に行けばいい。いまのところ、仕事には応募すれば入れていますが、もっとうまくやる人は登録する派遣会社をいくつかもってればあぶれることはないんじゃないかと思います。

オナニーの極意。

三島由紀夫という作家をただ単に自分の美学に陶酔して自殺した、つまり美に殉じた人であり、三島の書いた小説に実用性がないというのは深く三島を読み込んでいない人である。

三島の本質は、人間の持つ極限からくる可能性の真実の発見にあるのだと思っている。

あるモテない男が風俗に行くためのお金を毎月計算して支出をやりくりしているとする。そのお金のやりくりの計画に抜けがない。完璧だったとする。二週間に一度必ず一万円風俗に行くだけのお金の余裕があってその生活に滞りがない。

だがあるときその男は風俗に行くお金がもったいなく思うようになった。

二週間に一度使えた一万円を貯めるようになった。

半年ほど経って十万円が貯まった。そのお金で婚活をしようと算段したのである。男は半年の節制でいくらか見栄えのいい男になっていた。婚活は順調に進み、ひとりの、風俗には絶対にいないような美女と結婚の話がでるまでに仲が進んでいた。だが交際生活半年で女が詐欺師だと判明した。

女は金目当てのやり手でうまくお金を男から受けとっては自分の口座に入れていた。そして目標額が貯まると行方をくらました。

男は絶望的な気持ちになり精神的ショックから寝込んでしまう。

財産がなくなり、風俗に行くお金ももうない。つまり慰めてもらえるひとが誰もいない。明日には借金取りがやってくる。そんななか、男は自慰行為をする。明日借金取りがくる瀬戸際でする自慰行為は数十秒でおわったが、快楽はかつての風俗通いのときよりはるかに気持ちいいのであった。そのとき男は

風俗通いの計画にこそ、失敗の元凶があったと知るが、同時に快楽の本質を知るのである。それは予定調和のなかには快楽の真実はないという真理である。‘’本物の快楽は、計算された渦中にはなく、明日も生きられるかわからないとなったときの極限状態にある。‘’男は、また明日生きていく希望が生まれたのであった。

三島ははっきりと、明日ほんとに死ぬかもしれないとわかっている人間は妙に幸福になる、と言っていますが、ふつうの人はそういう状態になったことがないからわからないだけで、おそらくほんとにそうなのでしょう。

死ぬとまではいかなくてもなんかしらの極限状態にある場合の心理は、知っておくといいかもしれません。

本屋の棚卸しバイトに行ってきた。

なんかピッピッとハンディ端末で本のバーコードをひたすらスキャンしていく作業だった。今の食材を扱うお店もそうだけど棚卸しというのは在庫が多ければ多いほど当たり前だけど大変だ。

システムエンジニアをやっていたときDELLが在庫を持たない販売商法をやっているというのが有名なひとつの成功モデルだったんだけど、

在庫があるメリットももちろんあるだろう。これもまた当たり前だけど。

僕が担当した棚はやたらエロ小説が多い棚で、エロを活字に求めるのはほんもののエロだなと昔感じたジャンルは、進化を遂げていて、ちょっと絵本的な表紙になっていました。きっと作者はいくつもいくつもパターンを持って書けるんだろうなあと思っていました。

そういうのってネタに尽きがないですよね。エロ動画が尽きないように要は食とか性は必ず売れるわけなんです。人間の根元欲求なので。

話が飛びましたが、ちょっと疑問に思ったのは僕が行った本屋の棚卸しは、なんかすでに棚卸しの冊数の答えを社員さんとおぼしき人が持っていて、

それとハンディのデータを照らし合わせていました。もうあるんだったらやる必要ないじゃんと思ったんですが、よく考えたら、正確じゃない可能性大の日雇いは、二重チェック要員なのでしょう。

いくつか特徴を列挙しておきます。
・作業で腰を屈ませるのはそれなりに大変。 
・一応ノルマがあった。ここからここまでの棚を五時間内に終わらせてくださいみたいな。でも早く自分のところの棚が終わった人とか社員が手伝ってくれる。
・ハンディ端末の操作自体は簡単だけど棚卸し方法説明5分は短すぎると思った。多分もうなんかいかやりなれてる人が多いんだろう。全部で日雇い三十人くらいいた。
・待ち合わせ場所から作業までトイレ休憩もないのでそのあたり日雇い感あり。
・五時間で4000円ちょっと。
・五時間のうちに公な休憩はなし。